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微妙な季節

暑さが落ち着いたと思ったら、いきなりぐっと

肌寒くなったりして。

ちょぴっと喉がおかしい気がしてます。

そんな日は猫たちもぬくもりを求めてモフモフお座布に

体をうずめてみたりしてます。


テオ 140923-1



ナナ 140923-2



テオナナ 140923-3


ナナの顔がブサイクです。

牛が場所とってるのが気に入らないのか・・・(ー”ー)ウーン

もうすこし寒くなったらもっと近づくのにね。

やっぱりまだ微妙な季節。

*****************************************

広島では行方不明者が全員見つかったようです。

残念な事だけど、それでも家族のもとに帰れて良かった。

姉はおかげさまで公営住宅に引越し、日常に戻りつつ

あります。

とは言ってもこの1ヵ月は相当なストレスだったでしょうから

まだまだ落ちつかないと思います。

半年後に今度こそ落ち着ける「我が家」に引っ越せるよう

がんばるわと言ってました。

我が姉ながら強いなと感心。

がんばれ、ねーちゃん!

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幸せになぁれ

テオナナが誕生日を迎えた5日後の5月10日。

広島に戻っていたワタクシとだぁりん。

とうとう次世代の中から結婚第1号が現れました。

はぁ~、歳とったもんだわ(*´Д`)=3

19歳差の姪っこ、次世代軍団の最年長27歳でございます。

お知らせもらった時は「とうとうきたか!」て感じだったけど

そういえばお年頃なんだよねぇ。

実際にドレス姿の姪を見た時、「あらら、キレイになって」と

我が姪ながらビックリしたくらい。

しかも、次世代軍団は他に5人、そのうち社会人は3人。

はにかんで大人しい子供の頃の印象はどこへやら、

しっかりと受け答えのできるオトナになってました。

学生2人も、大学生と高校生の男の子。

心身ともに成長したようで久しぶりに会うオバちゃんにも

ちゃんと話せるくらい社交的になってました。

なにより、兄弟、姉弟みんな仲が良い(≧▽≦)彡☆

なんだろうね、みんな良い子に育ってんだなーと

思わず2人の姉と義兄たちを尊敬してしまいました。

と、義兄2人を見るとびっくり!

「おっさん飛び越えてじーさんになっとる」(ノ゚Д゚)ノオォオォ

なんだろう、男ってそんなもんなのかしら・・・。

ちょっと寂しい(涙

会場は広島市を一望できる高台のノートルダム広島

大聖堂があって、ステンドグラスがキレイだったけど、

さすがにおごそかな雰囲気で前席の親族が

写真パチパチってのはいかがなものかと・・・。

なのでHP貼り付けでごまかしちゃうσ( ̄∇ ̄;)

帰り際にささっと撮れたライトアップの写真だけアップ!


大聖堂1


大聖堂2


演出はスクリーンで2人が生まれたところから、

披露宴が始まるその時までをカウントダウン形式で

編集されていて、久ぶりに結婚式に出席する私は

なんだか浦島太郎みたいな感じ。

イマドキの披露宴プランってカラオケや芸やド派手なモノ

ではなくて、じんわりと感動するような感じなんだねぇ。

姪っこを連れて父の納骨へ行った時のことを

思い出し、じーんと熱くなりました(ノω・、)ウゥ

おめでとう、おしあわせに。

**********************************

震災以来、もっぱら石巻の方ばかり行ってたので

広島の帰郷は4年ぶり。

母の頭は真っ白になっていたけど、

相変わらずパワフルで脳内ハッピーで楽しげ♪

こりゃ心配ないわって安心しました。

姉たちもそばにいるし、これでしばらくまた電話対応に

なりそうです。


140510 だぁりん


静岡から参加のだぁりんとは新幹線で移動なので

名古屋でお別れになります。

人生3回目の広島はとっても忙しかったけど、

それなりに楽しんでもらえただろうか。

私の家族勢ぞろいだったし、普通におしゃべりしてたし

けっこう溶け込んでいたような気がします。

だぁりんもちゃんと家族になれてるかな~。

*******************************

1泊2日の旅を終え、明るい内に戻ってきたのに

テオナナはちょっとブータレ気味。

なんかよそよそしくウロウロしてて

いつものように寛いでくれず、

ちょっと離れて座ってこっちを見てみたり。

甘えんぼだのぉ(*´Д`)=3


テオナナ 150510-1


ま、ごはん食べ終わってから夜はベッドに来て

一緒に寝たので翌日からいつもどおりになりました。

かわゆい奴らめ(笑




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石巻、久しぶりの顔に安堵

30日の早朝に出発して12時すぎに石巻に着きました。

今回の目的は、従兄の奥様の葬儀および一周忌にいたるまでの法要のため。

彼女はいまだに帰ってきません。きっとどこかの南の島で、

記憶を失くしたまま楽しく生きているんでしょう、と法要後に

住職さんがおっしゃってました。

1年経っても気持ちの整理がつかず弔いをためらう家族も多いらしいです。

そりゃそうだなと思う反面、不明のままの人にも、生き残った家族知人にも

道を開くために区切りは必要かもしれないとも思います。

こればかりは何が正解なのかわからない。



震災後、実家には通うものの避難してバラバラになった親族とは

電話で話したきり顔をみていませんでした。

こんな時にしか集まれないのはどこも一緒なんだけどね。

1年経って落ち着いた状態で会えたのはいいことなのかもしれません。

それぞれ近況が見えて、今後のことも笑いを交えてお話できたし、

少し安心しました。

通夜や告別式には雄勝の人たちもお参りに来てくださって、

だぁりんの幼馴なじみやお世話になった懐かしい人たちもいたそうで、

しめやかな中にもドッと声が上がる時もあり、良い式だったなと

新参者の私が生意気ながら思いました。



さて、1年経った石巻の現状は・・・

東北道や主要道路がある場所には新しいお店がたくさんオープンしてて

活気がありました。

大手住宅会社の出張所には復興のための住宅建築に協力する旨の

張り紙もあったりして、民間企業ががんばってる姿が目立ちました。


石巻1年-1


この辺はもう震災のあとは見られません。

ただ新しい店舗が多いかな~というところだけ、東北の港町にはちょっと

合わないかなって感じでしたけど・・・

でもおかげで雇用も発生するでしょうし、気分も明るくなるでしょうから

きっといい効果を生んでいるんだと思います。




石巻大橋はまだ改修作業が続いてます。

欄干も道路もぼこぼこ。このあたりからちょっと遅れてるかな~と感じました。


石巻1年-2


この橋は震災時、鉄板を敷いて応急処置されていました。

自衛隊車や大型トラックが通ると鉄板がガタン!と跳ね上がるので

徐行するため渋滞が発生していましたよ。

それでも川の多い石巻は橋が寸断されると孤立するので、何度も

補修して復旧に貢献してたと思います。

この橋が落ちなくて良かったと心から思いました。


石巻1年-3


向こうの橋のドーム状の建物は石ノ森章太郎美術館です。

当時はここも相当な浸水で中に取り残された人たちがいたそうですが

救出されたというニュースがありました。間近に行くと宇宙船みたい。

宇宙船みたことないけどね( ̄∀ ̄)

夢も命もつないでくれた石巻のシンボルってとこでしょうかね。

そういえば、渡波の実家の裏にある伊達のサンファン記念館はまだ閉鎖中でした。



渡波のがれき置き場。

まだいっぱい積んだトラックが行き来しています。

がれき処理に反対している他県のみなさま、たった一地区の置き場でも

1年経って全く減ってない状況を知ってください。


石巻1年-4



石巻1年-5



震災直後から見かける渡波被害地区の建物は、2階だけが残って1階は

車や瓦礫が刺さっている状態でした。

半分家が残っているからと、避難所から戻って2階で暮らしている方も

多いと、地元の方が言ってました。

この建物は震災直後からずっと同じ場所で同じ状態のまま残ってます。


石巻1年-6


ここが1階が駐車場が作業場だったのかな?

でも柱が鉄骨むき出しになってるし・・・


石巻1年-7


2階まで浸水した家屋や、車や瓦礫に壊された店舗は今でもそのまま

残ってるところが多いです。



やっとガラスが入れ替えられたスーパー「ヨークベニマル」。

当日、義母が義兄と一緒に買い物に来ていた場所ですが、

幸いなことに津波がくる10分前くらいに帰宅したらしく、

直接被害はありませんでした。

逃げ遅れた人は救助がくるまで屋上の駐車場で雪降る夜を

明かしたと聞きました。

建物にあった「ヨークベニマル」の看板が無くなってますが

再開なのか撤去なのかわかりません。

次に行ったときにはきっと渡波の人たちの生活に役立つものに

生まれ変わっていることを願うばかり。


石巻1年-8


「ヨークベニマル」の斜め前にあった複合ショッピング施設。

岩盤浴ののぼりも立ってた記憶があります。

ここは1年経ってもまったく手つかず。1階にはがれきが残ってます。


石巻1年-9



店舗が多い場所から少し海に近付いたところ。

ここから橋をもう1つ渡ると実家のある地域に入ります。

このあたりは住宅が多かったのか、通りに近い場所から整理されて

空き地が多くなっていました。

避難所になっていた渡波中学校があるあたりです。


石巻1年-10


見渡す先まで浸水したらしく、震災後初めてずっと向こうの住宅や田がある

道を通ってみたけど、そのあたりも被害があったとか。

ご近所のSさんが津波に追いかけられながら車を走らせ、ちょっと高い小川にかかる

橋の上で水がひくまで身動きが取れなかったとか。

今でこそ笑い話になってしまったけど、当時は「Sさんは帰らないからダメだった」

という噂まで流れていたんだそうで・・・

そんなSさんは今や両親の大親友となり懇意にしてもらってます。

生きててくれてよかった!


石巻1年-11


家が無くなってみると松林の向こうは海。

こんなに海が近かったんだね。


石巻1年-12


空き地の端にお地蔵様が建立されていました。

よく見ると、そんな光景があちこちにあって、景色は変わっても

絶対に忘れてはいけないと改めて思いました。




ちょうど1年めということで石巻市内では葬式や法事の案内板が

あちこちで見られました。

従兄同様、思い切って区切りをつけた方が多いんでしょう。

流された人たちがたどり着いた南の島は、戻る事を思い出せないくらい

賑やかで楽しい所なのかもしれませんね。

***********************************************


31日は東北道の無料化最終日。

いい天気だし、土曜日だし。

って、松島の観光渋滞ですか!?

石巻市内からずっと混んでて、松島を抜けても何度も

渋滞にはまって、7時間かけてようやく家にたどり着きました。



ご飯いっぱい置いてったと思ったら空っぽだった…∑(・ω・ノ)ノ

テオ食いすぎか!?

ご飯いれたらナナが真っ先に食いついたから犯人はテオだろうなぁ…


テオナナ 120403-1


たった1泊2日でも顔をみないと不安になるんでしょうね。

私も会いたかった!

帰ったとたんに甘えが始まって、頭突きとおもちゃと、ゴロゴロと。

落ち着くまで時間かかりましたよ。


↓だぁりん、渾身の1枚!
テオナナ 120403-2


今回はうんPてんこ盛りだったけど、翌日からの下痢もなく、

2匹で居るおかげでストレスは少なかったようです。


テオナナ 120403-3


いや、ナナのご飯食べただろう(╬╬゚Д゚)ゴラァゴラァ!!

立っても座ってもストーカーのようについてくる(笑

今もコタツから出てとなりでこっちを見ながら寝ています。

かわいいやつだ(*´ー`*)

3.11  記憶 ・ 記録

1年前、午前中に立川市へ通院後そのまま近隣で買い物を楽しみ、

午後3時前にモノレールに乗って、家の最寄り駅に着いたのが

地震の5分前でした。

おそらく2時46分の地震で関東も相当揺れたはずなのに

建物内にいた私はまったく体感なし。

なので、もう少しで家に着く、というところで歩けなくなった時は

上り坂ゆえの足どりの重さかと勘違いしていました。

震度5弱という揺れは43年の人生で初めての経験でした。




荒い波のない穏やかな瀬戸内海で育った私は、津波の恐ろしさなど

全くわかりません。

縁あって家族になっただぁりんの故郷は、33年前に大津波で

多くの人命が失われた場所だったなんて・・・。

それを知ることになったのが皮肉にも今回の東日本大震災という偶然。

大きな揺れをなんとかやり過ごし我が家に戻ってNHKで30分前の

東北地震を知り、さきほどの地震は茨城が震源地だということを知る。

ほどなく、広島の母から安否確認の電話がかかり、今あった私の滑稽な

ちどり足の帰宅経験を面白おかしく話して心配いらないことを伝えて

いました。

広島の母もNHKで地震の報道や現地の映像を見ながら電話で話し、

笑って話せる程度で良かったと安堵していた矢先、

テレビから流れる仙台の映像に言葉を失いました。



母も瀬戸内海しか知りません。

お互いに、波が川を遡上し、河岸を乗り上げ田園地帯を呑みこむ様を

ただただ言葉なく、受話器を片手にしたまま見入るしかなかったです。

それでもまだ現実かどうかもわからず、「これ、なんじゃろ」などと

わけもわからない言葉が出てしまって、すると、画面上にT字の道路が

見え、そこに渋滞した車が波に追いかけられながら細い道路に走りまわって

行くのがわかり、そこに確かに車を運転している人がいるんだ!と

いうことを理解し、恐怖感が湧いて、「車が逃げてるよ!早く!」と

画面の中の車に言う言葉を受話器越しの母にぶつけていました。

母も相当驚き、「ああああああ~」と、声を発していました。

仙台がこれほどの被害なら、石巻は!?という思いがすぐに出て、

広島との通話をやめ、石巻へ電話をしたところすでに不通になっていました。



国立にある支社勤務のだぁりんは夜遅く帰ってきました。

都内では停電により電車も止まって、帰宅難民が徒歩で帰路についている

と報道されていました。

幸い、支社も我が家も電気が止まったのは一瞬で、情報を得ることが

できたので一部始終を見ることができました。

石巻との連絡はまだとれず、報道でも犠牲の規模はあまり把握できて

いない模様。

火災が発生した場所もあるということで、ただただ胸がざわつくだけ。



翌朝からだぁりんは東関東や東北への被災地支援対策に奔走しました。

家族の安否不明な社員が多く、それでもまずは任務遂行が先。

即日、被災地支援のチームを送り込み、ドロドロになりながら1週間

交代で任務を行ったそうです。

阪神淡路の震災時も同じく全国から支援活動を行っていたということで

それはすでに当たり前の行動だったと思われます。



その間、私は石巻との連絡方法を模索し、ネットや報道で情報を集めて

いました。日々集まる被害状況は絶望的で、報道では避難者が撮った

津波の映像がたくさん流れていました。

壊滅地区として雄勝の名が出たときは、頭が空っぽになりました。

道路が寸断されているということで、雄勝の映像は航空映像のみ。

結婚の挨拶にまわった親戚の家が・・・・ない・・・。

渡波の情報が全く出ず焦っていると、ネットで「津波により水没」と

いう掲示板への書き込みがあり、「両親はどこかに逃げてる」という

気持ちと「母を背負って逃げられただろうか」という不安で、

言い表せないぐしゃぐしゃな痛みが胸を襲いました。

キーボードを打ちながら涙は止まることもなく。



グーグルの避難所案内で、大川小近隣の親戚の名前を見つけ、雄勝の

親戚が離散して逃げていることもわかり、両親と兄は渡波の集会所に

一度身を寄せ、今は家に戻ったという情報を見つけ、思わずガッツポーズ!

すぐにだぁりんにメールを送り、本当に無事なのか声を聞くまでは安心

できないけど、それでも命があることを喜びました。



支援のめどが立ち、先に送った東北出身の社員たちとの連絡もとれ、

やっと自分の番になっただぁりんとともに石巻に向かったのは

3月の最後の週末でした。

***************************************************


去年のブログを読み返すと、当時の混乱した状況を思い出します。

あらためて、1年前の今日から石巻へ行くまでのバタバタな事を

追っていくと、人生初の揺れから、全く知らなかった津波の実態に

だんだんと緊迫した状況なんだということを認識し始め、「壊滅」

や「水没」という言葉を発端に、心が万力で絞られるような苦しさを

感じ、声に出せない悲鳴をあげていたように思います。

しかし、辛いのは当事者である両親や兄、家族を亡くした親戚たち。

土地勘のない新参者の私はできることをするのみです。



雄勝3ヶ月11



父の実家があった場所は、鉄工所から流れた大きな鉄くずゴロゴロして

基礎もえぐられていました。

高校を卒業するまで住んでいた雄勝。

なにも残っていないだけじゃなく、瓦礫が山高く積まれた状況に

「笑うしかない」と言っていた父とだぁりん。



雄勝3ヶ月8



あれから1年。

報道で津波の映像が流れると、だぁりんは胸が苦しくなるといいます。

また、被災地の方のインタビューや、支援をしてくれた方のメッセージなど

見聞きする機会があると、涙が流れます。

「笑うしかない」と雄勝で涙を見せなかった彼は、とても傷ついていました。

当時張りつめて押さえつけた感情が、時間がたつほどに心に奥深く刻まれて

いたんだと、最近になって思いました。

******************************************************


被災地は誰もが被災者で、支援のための手続きも、家の修復も

人手不足、資材不足でなかなか進まないのが現状です。

渡波の家は裏手の入江が地盤沈下で水面が近くまで上がっているものの

家は自分たちで板を張り、外壁もモルタルを買って友人に手伝って

もらって補修しています。

震災時に浸水して水回りに海水が入ってしまったり、大潮の時に

玄関先まで水が迫ったり、床下に水が入ったせいで地震がくると

揺れが前より激しく感じるようになってしまったとか。

そこから出ていけない、移住できない人たちはいっぱいいます。

なまじ家が残っていると、被災家屋でも「一部損壊」という判定で

義援金の配分は全くありませんでした。

それでも、家も命もあるんだから、と当初は納得していましたが

1年たって行政も落ち着いてきたのか、改めて審査してもらうと

「半壊」という判定になり義援金がおりることになりました。

おそらくうちと同じように1度目の審査で諦めている方も

いるんじゃないかと思います。



2012 梨木畑2


津波で撹拌された海底が酸素を含み、海が活性化されて

とても豊かになるといわれています。

今年は無理だと思われていたカキが、11月には出荷でき驚きました。

今年に入ると、2年モノくらいの大きさに育ち、豊作となったようです。

わかめも例年以上に育ち、魚も豊漁だそうです。

加工場が再開できず、好機を逃す思いの漁業の方たちは、工夫しながら

石巻の産物を届けようと努力されています。

なにより、景色が美しい。

雄勝は海に面している場所が多くて、潮の香りが記憶に残っています。

たった1度しか訪れなかったけど、とても居心地がよく大好きでした。

こんなことになるなら、もっと時間をかけてじっくりと散策したおけば

良かったです。だぁりんが育った場所…残念です。

がんばっぺぇ、石巻。


***********************************************


本日、2:46。

このあたりでもサイレンが鳴り、1分間の黙とうをしました。

京王線も全線30秒間ストップしたとのことで、まるで原爆の日の

路面電車(広島電鉄)のようです。

1年目だけではなく、これからもこの時間を忘れないように、

全国の人が目を閉じて思いを寄せてくれるといいなぁと思いました。


**********************************************

この1年、石巻と行ったり来たりしながら復旧状況を見ていましたが

広範囲での被災のためか、壊滅区や主要部のほうへの支援がクローズアップ

されがちで、放置されてしまった場所が多く残っているようにみえます。

県知事は国の予算が通ったあとの4月からが本当の復旧・復興へのスタートだと

おっしゃってました。

1年待たされた分、とり残された場所も住みよい街に生まれ変わることを

期待したいと思います。



1年の節目として、当初の事を客観的に思いだして書き出してみました。

私は被災者ではないし、犠牲者の血縁でもないし、そういう意味では

両親やだぁりんと同じように悼むことも悲しむこともおこがましいのかも

しれません。

ただ両親の安否を確認できるまでの数日間の息苦しさは、一生残ると

思います。

私なりに必死だったこと、言葉にできない不安と苦しさは、もっと

苦しんでいる家族には言えませんでした。

なので、1年目にここで書き出すことで少し重い荷物を下ろしたいと

思いました。

記憶を記録・・・。



本記事は自分の為に書いたものなのでコメント欄は閉じさせていただきます。

2012年 だらっとスタート

あけまして…もにょもにょ…(笑

もう6日も過ぎてるし…凹○コテッ

そんな2012年、今年もブログスタートです。



さて、今年は元旦に石巻へ出発です。

首都高も高速道も珍しくスイスイ、寝坊してロスした時間を

軽く取り戻しちゃったわよ(´0ノ`o)ォーホッホー

途中、仙台の従姉宅に寄り年始のご挨拶をば。

「おめでとうございます」を言わなかったら、あちらから

「おめでとう」と言われてしまいました。

そうね、年頭のご挨拶はしっかりするのが正しいお正月なのね。

石巻は快晴、澄み切った空気で東京のように乾燥はしていません。

父は朝からご近所のSさんと酒を呑んで、「待ちくたびれたぞぃ~」

なんて言ってました。

父は病気で家事ができなくなった母のかわりに小まめに料理を

作ってくれます。嫁は運び屋でっせ。

さすが元船乗り。でも遠洋の船員なので生モノは食べないのさ。

(遠洋漁業の船員さんはお腹を壊さないように火を通すらしい)

とはいっても爺婆2人暮し、ご馳走よりも時間をゆったり過ごす

お正月みたい。私はこのスタイルが好き(*´ー`*)

憧れの寝正月。いや、寝ないけどね。





田舎の夜は早い。

ていうか、朝から呑んでたくせに夜の部もSおじさん呼んで

やっちゃったもんだから7時前には潰れてしまいましたわ。

おやじ様が寝れば母も一緒に床に就く。なれば私たちも同じく。

な、な、な、なんと!7時過ぎには布団に入りましたよ。

だがしかし…


















布団が漬物石並みに重いっヾ(*`Д´)圧死スルワッ!!

和布団の下に分厚い毛布が2枚、さらに電気毛布まで。

きゅい~~んって音が耳の奥で聞こえてきたのでこりゃマズイと

あれこれ駆使してなんとか眠りについたけど、時折外から帰ってきた

猫の「おやじ~開けろや~」の声に目が覚め…

明けがた寒さに飛び起きると重い布団を撥ね退けていたらしく

半ケツだしてたことに気が付き…

齢44にしてこの寝ぞうにがっかりなワタクシ(´・ω・`)ショボーン



2日はいよいよだぁりんの同窓会です。

15時から石巻グランドホテルで。どうやら厄年のお祓いもやって

もらえたようですよ。20数年も疎遠にしてたせいで今回の震災で

行方不明者扱いになってただぁりん。

おかげさまで足も2本あるというところをちゃんと披露できたようです。

ほとんど変わってないようだけど、そりゃもうおっさんなってて

頭もちらかってる人もいたそうな。そういうだぁりんも太ったね。

中学校の写真を見ると、んまぁ~~~~~細マッチョ。

私が言うのもアレだけど、ま、じゃに系?ふっ、昔は良かったね~(笑

女子はみんなキレイになってたとか。ふふっ…( ̄ー ̄)ニヤリ

石巻で見かける同年代の女性って結構女子力あるなぁと感じます。

困難な時でもちゃんとしてて、すごいなぁと感心します。

私はテキトーにペッペッチョンで化け終わり。いやぁ、女捨ててる(汗

ていうか、マスカラとかアイラインとか入れるとワタクシ、

おかまバーのママみたいになるんですってー(友人談)はっ!( ゚д゚)




さて、だぁりんがタイムスリップしている間、私は家でのんびりと

コタツでまったりしておりました。

お昼ごはん食べ終わって2時間後に晩ごはんキタ━━(*゚∀゚*)━━!!

田舎の夜は早い(笑

「今日は呑まんの?」と聞くと「昨日死にそうなほど呑んだから休むんだぁ」

とおやじ様はしっかり白飯を食されておりました。

そうそう、ちゃんと米食べないとダメよ~( ̄∀ ̄)

5時には片づけも終わり、テレビを見ながら3人ともコクリコクリと

船こいでたら6時前にはだぁりんが戻ってきました。

そのまま帰るので酒は飲まず、2次会も辞退して来たそうな。

来た時より帰る時の方が荷物が多くなるのも田舎の常。

今年は無理だと思われていた海苔が採れたから広島にも送ってと、

新ものを持たせてくれました。白謙の笹かまぼこも少し種類が増えて

カキも少量ながら贈答品として販売できるようになってます。

11月には広島にも送ってくれてたようで。

なんだろ、被災して大変なはずなのに…

東北の人はとても熱い心をお持ちのようです。勉強になります(ノω・、)ウゥ



2012 梨木畑3


家の裏の海は、


2012 梨木畑2


地番沈下で海面が近くみえます。

満潮時は緑の藻が生えてるところまで沈みます。

地震の前はそこはコンクリートの船着き場で、海面よりもずいぶん上に

ありました。


2012 梨木畑1


それでも波は静か。青い空。

震災の日は、ここから船が流されてきて電柱にひっかかり、

家に続く狭い道路をふさいだそうです。

おかげで津波がせき止められて被害がなかったらしい。

10ヵ月目の新事実。

奇跡よ、ありがとう…





2日の夜はまだUターンラッシュじゃなかったようで、1時間休憩しても

12時過ぎには自宅に戻ることができました。

テオナナにはコタツをタイマーセットしてたので寒すぎることはなかったはず。

でもさびしかったよね~。

うん○てんこ盛り、ご飯は少し残りがあっておしっこもちゃんと出てたので

チェックおっけー!

やっぱり我が家のテオナナはかわいいっ!

バタバタしてさびしい思いさせたけど、今年もしっかり甘えてちょんまげっ♪


テオ 120106-1



ナナ 120106-2


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プロフィール

abi

Author:abi
びーと(だぁりん)とabi(あび)です

090509_0858~0001[1]


ナナ2か月


(ナナ)
きじとらの♀
2008年5月5日生まれ
(びーと決)
体は小さいがニャンコキック
が得意。
かぁちゃんの背中を踏み台
につかうおてんば娘。
おもちゃで遊ぶのが好きで
くわえてもってくるのが
得意技。
への字になった口元が萌え


テオ2か月


(テオ)
ハチワレ白黒の♂
2008年5月5日生まれ
(びーと決)
アンアンとかナンナンとか
面白い声でよく鳴く。
体が大きくて長く、黒い
プロレスタイツを履いている。
ただし、もものところに穴が
あいてて白い毛がはみだしてる。
少しドンくさいところが萌え


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