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いつもと違う8月6日

昨年までの8月6日は朝慌しく支度して、
8時15分になると手を合わせていた。
もちろん今年もそうした。
が、東京は静かだ。

この日は夜明け前から平和公園に赴く参拝者がいたり
墓参りへ行く人でたくさんの人が慌しく移動している。
15分には一斉に役所がサイレンをならし、寺や教会は鐘をならす。
タクシーやバスは路肩へ止めたり、路面電車も線路上で止まって
お客さんともども黙祷する車両もある。
テレビはローカル番組で式典会場や参拝者を映したり
原爆養護施設や語り部さんの特番を放映したりしている。

東京は実に静かだ。
民放のテレビ局は昨日のゲリラ豪雨や芸能の話題ばかり。
唯一国営放送が広島に切り替わったのは8時だった。
14分、他の民放を見てみたが相変わらずだった。
15分、広島の黙祷が始まった。
でも東京は鳥の鳴き声しか聞こえない。

子供のころから平和教育なる授業が普通に組み込まれ
さらに家に帰れば家族が戦争体験者がいて、もっといえば私自身が被爆2世。
母方の祖父は遠いアジアの海で戦死、祖母と伯父(といっても
祖母はまだ私くらいだろうし伯父は幼稚園くらい)は原爆死。
疎開に行っていた母とその兄だけが生き残った。
父は当時広島商業の学生で学徒動員で建物を壊しに行くところを
被爆したらしい。
首の後ろに火傷のあとがあった。

原子爆弾はその場にあるものを熱風と火で灰にしてしまうだけでなく
放射能が体の中に残り臓器へ影響を及ぼす。
癌や白血病、生殖異常・・・
戦後63年、すでに被爆者は高齢化していて発症した病気の原因を
特定するのはむずかしいかもしれない。
私の父は白血病を発症し、1年間の闘病の末55歳で亡くなった。
原爆症認定されている。

原爆にあったんだから原爆症でいいじゃない。
というわけではない。
それに、本人が認めないこともある。
なせか・・・・?
それは、原爆にあったことを隠したい、隠してきたかららしい。
私が生協に勤めていたとき平和活動に参加してて語り部さんと
話したことがあった。

以下、長崎の語り部さんより。

 - 私はそのとき、必死で逃げました。
   あたり一面建物が倒壊し瓦礫の中を友達と走っていました。
   すると、建物の下敷きになった女性のような人が助けを求めてきました。
   「助けて、出して」と私の足を掴みました。
   私はその人の顔をしっかり見ました。
   髪の毛は逆立ち顔は埃まみれ、小さな声から女性ではないかと思い
   ました。
   友達が「おい!早く!」と私に怒鳴って我に返り、
   怖くなってその女性の顔を蹴りました。
   何度も蹴ってやっとその人が足を離したので私は必死でその場から
   走り去りました。
   気になって走りながら後ろを振り向くと、
   カッと見開いた目で私を見ていました。
   すぐ後ろには炎が近づいていました。
   その女性はおそらくそのまま焼かれてしまったんでしょう・・・。
   私は、人としてやってはいけないことをしました。
   たとえ仕方がなかったと誰もが言っても、私は「人としての尊厳」を
   捨ててしまったんです。
   わかりますか?
   私は人を殺したんです。
   助けてという女性の顔を蹴って見殺しにしたんです。
   私は恥を背負って生きています。
   この話は誰にもいわずに棺おけまでもっていこうと思っていました。
   でも。
   自分が年老いて死期が近づくと、伝えなくてはいけないと思いました。
   だから、初めてお話しました。
   恥を忍んで。



また、広島の語り部さんは・・・

  -うちの主人は体が弱く戦地には
    赴きませんでした。
    8月6日、ピカで市内は焼け野原になってうちもトタン板で小屋を
    建てました。
    隣近所の男性は戦地で亡くなり、家族の方も多く亡くなった
    らしいです。
    うちの家族はなんとか生き延び小屋で暮らしましたが
    生きていることが申し訳なく、恥ずかしく、
    主人は生き恥と嘆きながら小屋から一歩も出ることは
    ありませんでした。
    近所の方々と話すときは主人は大怪我をして瀕死だと
    話しました。
    生きることがとても苦しかったです。



 -原爆にあったことで人生は変わりました。
    就職も縁談も「広島」「被爆者」というだけで断られることが
    ありました。
    私はいったい何をしたんでしょうか。
    なぜ汚いものを見るような目で見られなければいけないのですか。
    私に触ると被爆すると本気で思っていた人もいたようです。
    ただ広島に住んでいただけなのに。
    追われるように住処を変えてひっそりと暮らしていました。
    決して「被爆者」ということを悟られないように。
    もう残りわずかな人生です。
    あの時いわれもない差別を受けたことを知っていただきたいと思って。
    50年以上たってやっとお若い人達に話しておきたいと思いました。
    

生き残った人もずっと背負わなければならない「大日本帝国」の重い教え。
被爆したことを白い目でみる世間と戦わなければならない現実。
体に残った傷、なお戦わなくてはならない放射能の影響。

時代は変わり、広島でさえ忘れかけている大事な過去。
国会では非核三原則を守ろうという反面、自国自衛のために核は必要だと言われている。
でも、ほんとにわかっているのか。
自国自衛が核でできたとしても、他国への核の影響は?
自分さえよければそれでいいのか?
いや、核を使えばそこから人類滅亡のカウントダウンが始まる。
いずれ、人は癌に苦しみ生殖機能を破壊され子供を産めなくなったりしないか?
生まれてきた子が大人になるまで育つだろうか?
五体満足という言葉は幻にならないか?
人間ほど守られていない動物たちはどうなる?
放射能に汚染されてない地域がなくなれば自分たちの口に入るものも汚染されていることになる。
それでも「核」は魅力的なんだろうか。

子供たちへ託す未来はかなり暗いのではないか。
そして今の子供たちは知らないことが多すぎるのではないか。
伝える仕事をしている人たちももっと知るべきではないんだろうか。
生き証人たちは少なくなっているというのに。


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comment

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原爆。

私の父は被爆者という扱いではありませんが、
原爆が落ちた時、小学校の校庭からキノコ雲を見たそうです。
校庭に死体が並べられる光景を、当時9歳だった父は今でも忘れられないと。
ここ数年、近所の小学校でボランティアとして戦争や原爆の話をしてるみたいです。
仲の良い友達は被爆2世です。
彼女は30代で子宮癌になりました。
60年以上経った今でも、こうした爪あとが残っていることを、
多くの人に知ってもらいたいですね。。。

原爆

>ゆーりさん
 お父さんが体験してるんですね~。
 9歳といえば・・・うちの母が小3で県北に疎開に行ってたから
 同じくらいかなぁ。
 母はきのこ雲は見てないそうですがお父さんは見てたんですね。
 市外の人たちも非難してくるけが人やその場で息絶える人を
 たくさん見ているらしいので子供ながらに怖ろしかったでしょう。
 2世にも無料で検診はあるので1年に1回受けてました。
 でも通常の健康診断なので癌が見つかるかどうかはわかりません。
 日ごろ自分の体をじっくり見る時間もなかったですからねぇ。
 2世の場合は原爆症という認定はほぼありませんので
 なんの保障もないのが現実です。
 病原を特定もできないし、自分自身もいざ病気になっても原爆と
 結びつけるようなこともないし。
 原爆に限らず東京も大変な空襲で焼け野原になって、
 まるで人を殺す実験をしているかのような爆弾を使用してましたが
 戦争は悲惨で何も生み出しませんよね。
 広島・長崎は戦後も残る苦しみを立証している唯一の証人ですから
 決して忘れてはいけないんです。
 いつ自分の頭の上で核爆弾が炸裂するかもわからない時代を
 作ってはいけないんです。
 お父さん、まだまだお若い(うちの母曰く)のでモリモリ食べて
 お元気でいてください。
 

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

はじめまして

はじめまして 花姥と申します。
ノラさんのところからお邪魔しました。
わたしの年上のお友達は、広島の原爆でお父様が亡くなり、その後お母様お一人で5人のお子さまを育てられたのだそうです。
私は昨年「夕凪の街 桜の国」「広島の美しい町並み」という記事を書きました。
作中、この主人公が生きていることに罪悪感を持っているという描写があります。
あびさんがお聞きになった語り部の方の体験がその描写と重なり、とても切なくなりました。
ご家族さま初め、被爆被害者のみなさんのお気持ち、いかばかりかと存じます。
みなさんのお気持ちが少しでも軽くなることをお祈りいたします。

コメントありがとうございます

>花姥さん
 はじめまして(^^)
 お越しくださいましてありがとうございます。

 読ませていただきました。
 詳細に調べていらっしゃるんですね。
 「なるほど!」と知らなかったことや忘れていたことが
 いっぱいありました。
 CGが出来た時、ローカルですがニュースで出ていまして
 私も見たことがあります。
 確かに人の姿はありませんでしたが生活感がある街並みと
 室内の再現でした。
 この方も過去を封印して生きてこられたんですね。
 
 私は幸いにも直接被爆者やその家族から体験をうかがう事が
 でき、その思いをストレートに受けることができました。
 それはかなりショックなことでして、あまりのリアルな表現に
 映像がそのまま浮かんできて呼吸が苦しくなったりしました。
 戦争はあってはならないと思いました。
 ありがとうございました。
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Author:abi
びーと(だぁりん)とabi(あび)です

090509_0858~0001[1]


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(ナナ)
きじとらの♀
2008年5月5日生まれ
(びーと決)
体は小さいがニャンコキック
が得意。
かぁちゃんの背中を踏み台
につかうおてんば娘。
おもちゃで遊ぶのが好きで
くわえてもってくるのが
得意技。
への字になった口元が萌え


テオ2か月


(テオ)
ハチワレ白黒の♂
2008年5月5日生まれ
(びーと決)
アンアンとかナンナンとか
面白い声でよく鳴く。
体が大きくて長く、黒い
プロレスタイツを履いている。
ただし、もものところに穴が
あいてて白い毛がはみだしてる。
少しドンくさいところが萌え


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