スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3.11  記憶 ・ 記録

1年前、午前中に立川市へ通院後そのまま近隣で買い物を楽しみ、

午後3時前にモノレールに乗って、家の最寄り駅に着いたのが

地震の5分前でした。

おそらく2時46分の地震で関東も相当揺れたはずなのに

建物内にいた私はまったく体感なし。

なので、もう少しで家に着く、というところで歩けなくなった時は

上り坂ゆえの足どりの重さかと勘違いしていました。

震度5弱という揺れは43年の人生で初めての経験でした。




荒い波のない穏やかな瀬戸内海で育った私は、津波の恐ろしさなど

全くわかりません。

縁あって家族になっただぁりんの故郷は、33年前に大津波で

多くの人命が失われた場所だったなんて・・・。

それを知ることになったのが皮肉にも今回の東日本大震災という偶然。

大きな揺れをなんとかやり過ごし我が家に戻ってNHKで30分前の

東北地震を知り、さきほどの地震は茨城が震源地だということを知る。

ほどなく、広島の母から安否確認の電話がかかり、今あった私の滑稽な

ちどり足の帰宅経験を面白おかしく話して心配いらないことを伝えて

いました。

広島の母もNHKで地震の報道や現地の映像を見ながら電話で話し、

笑って話せる程度で良かったと安堵していた矢先、

テレビから流れる仙台の映像に言葉を失いました。



母も瀬戸内海しか知りません。

お互いに、波が川を遡上し、河岸を乗り上げ田園地帯を呑みこむ様を

ただただ言葉なく、受話器を片手にしたまま見入るしかなかったです。

それでもまだ現実かどうかもわからず、「これ、なんじゃろ」などと

わけもわからない言葉が出てしまって、すると、画面上にT字の道路が

見え、そこに渋滞した車が波に追いかけられながら細い道路に走りまわって

行くのがわかり、そこに確かに車を運転している人がいるんだ!と

いうことを理解し、恐怖感が湧いて、「車が逃げてるよ!早く!」と

画面の中の車に言う言葉を受話器越しの母にぶつけていました。

母も相当驚き、「ああああああ~」と、声を発していました。

仙台がこれほどの被害なら、石巻は!?という思いがすぐに出て、

広島との通話をやめ、石巻へ電話をしたところすでに不通になっていました。



国立にある支社勤務のだぁりんは夜遅く帰ってきました。

都内では停電により電車も止まって、帰宅難民が徒歩で帰路についている

と報道されていました。

幸い、支社も我が家も電気が止まったのは一瞬で、情報を得ることが

できたので一部始終を見ることができました。

石巻との連絡はまだとれず、報道でも犠牲の規模はあまり把握できて

いない模様。

火災が発生した場所もあるということで、ただただ胸がざわつくだけ。



翌朝からだぁりんは東関東や東北への被災地支援対策に奔走しました。

家族の安否不明な社員が多く、それでもまずは任務遂行が先。

即日、被災地支援のチームを送り込み、ドロドロになりながら1週間

交代で任務を行ったそうです。

阪神淡路の震災時も同じく全国から支援活動を行っていたということで

それはすでに当たり前の行動だったと思われます。



その間、私は石巻との連絡方法を模索し、ネットや報道で情報を集めて

いました。日々集まる被害状況は絶望的で、報道では避難者が撮った

津波の映像がたくさん流れていました。

壊滅地区として雄勝の名が出たときは、頭が空っぽになりました。

道路が寸断されているということで、雄勝の映像は航空映像のみ。

結婚の挨拶にまわった親戚の家が・・・・ない・・・。

渡波の情報が全く出ず焦っていると、ネットで「津波により水没」と

いう掲示板への書き込みがあり、「両親はどこかに逃げてる」という

気持ちと「母を背負って逃げられただろうか」という不安で、

言い表せないぐしゃぐしゃな痛みが胸を襲いました。

キーボードを打ちながら涙は止まることもなく。



グーグルの避難所案内で、大川小近隣の親戚の名前を見つけ、雄勝の

親戚が離散して逃げていることもわかり、両親と兄は渡波の集会所に

一度身を寄せ、今は家に戻ったという情報を見つけ、思わずガッツポーズ!

すぐにだぁりんにメールを送り、本当に無事なのか声を聞くまでは安心

できないけど、それでも命があることを喜びました。



支援のめどが立ち、先に送った東北出身の社員たちとの連絡もとれ、

やっと自分の番になっただぁりんとともに石巻に向かったのは

3月の最後の週末でした。

***************************************************


去年のブログを読み返すと、当時の混乱した状況を思い出します。

あらためて、1年前の今日から石巻へ行くまでのバタバタな事を

追っていくと、人生初の揺れから、全く知らなかった津波の実態に

だんだんと緊迫した状況なんだということを認識し始め、「壊滅」

や「水没」という言葉を発端に、心が万力で絞られるような苦しさを

感じ、声に出せない悲鳴をあげていたように思います。

しかし、辛いのは当事者である両親や兄、家族を亡くした親戚たち。

土地勘のない新参者の私はできることをするのみです。



雄勝3ヶ月11



父の実家があった場所は、鉄工所から流れた大きな鉄くずゴロゴロして

基礎もえぐられていました。

高校を卒業するまで住んでいた雄勝。

なにも残っていないだけじゃなく、瓦礫が山高く積まれた状況に

「笑うしかない」と言っていた父とだぁりん。



雄勝3ヶ月8



あれから1年。

報道で津波の映像が流れると、だぁりんは胸が苦しくなるといいます。

また、被災地の方のインタビューや、支援をしてくれた方のメッセージなど

見聞きする機会があると、涙が流れます。

「笑うしかない」と雄勝で涙を見せなかった彼は、とても傷ついていました。

当時張りつめて押さえつけた感情が、時間がたつほどに心に奥深く刻まれて

いたんだと、最近になって思いました。

******************************************************


被災地は誰もが被災者で、支援のための手続きも、家の修復も

人手不足、資材不足でなかなか進まないのが現状です。

渡波の家は裏手の入江が地盤沈下で水面が近くまで上がっているものの

家は自分たちで板を張り、外壁もモルタルを買って友人に手伝って

もらって補修しています。

震災時に浸水して水回りに海水が入ってしまったり、大潮の時に

玄関先まで水が迫ったり、床下に水が入ったせいで地震がくると

揺れが前より激しく感じるようになってしまったとか。

そこから出ていけない、移住できない人たちはいっぱいいます。

なまじ家が残っていると、被災家屋でも「一部損壊」という判定で

義援金の配分は全くありませんでした。

それでも、家も命もあるんだから、と当初は納得していましたが

1年たって行政も落ち着いてきたのか、改めて審査してもらうと

「半壊」という判定になり義援金がおりることになりました。

おそらくうちと同じように1度目の審査で諦めている方も

いるんじゃないかと思います。



2012 梨木畑2


津波で撹拌された海底が酸素を含み、海が活性化されて

とても豊かになるといわれています。

今年は無理だと思われていたカキが、11月には出荷でき驚きました。

今年に入ると、2年モノくらいの大きさに育ち、豊作となったようです。

わかめも例年以上に育ち、魚も豊漁だそうです。

加工場が再開できず、好機を逃す思いの漁業の方たちは、工夫しながら

石巻の産物を届けようと努力されています。

なにより、景色が美しい。

雄勝は海に面している場所が多くて、潮の香りが記憶に残っています。

たった1度しか訪れなかったけど、とても居心地がよく大好きでした。

こんなことになるなら、もっと時間をかけてじっくりと散策したおけば

良かったです。だぁりんが育った場所…残念です。

がんばっぺぇ、石巻。


***********************************************


本日、2:46。

このあたりでもサイレンが鳴り、1分間の黙とうをしました。

京王線も全線30秒間ストップしたとのことで、まるで原爆の日の

路面電車(広島電鉄)のようです。

1年目だけではなく、これからもこの時間を忘れないように、

全国の人が目を閉じて思いを寄せてくれるといいなぁと思いました。


**********************************************

この1年、石巻と行ったり来たりしながら復旧状況を見ていましたが

広範囲での被災のためか、壊滅区や主要部のほうへの支援がクローズアップ

されがちで、放置されてしまった場所が多く残っているようにみえます。

県知事は国の予算が通ったあとの4月からが本当の復旧・復興へのスタートだと

おっしゃってました。

1年待たされた分、とり残された場所も住みよい街に生まれ変わることを

期待したいと思います。



1年の節目として、当初の事を客観的に思いだして書き出してみました。

私は被災者ではないし、犠牲者の血縁でもないし、そういう意味では

両親やだぁりんと同じように悼むことも悲しむこともおこがましいのかも

しれません。

ただ両親の安否を確認できるまでの数日間の息苦しさは、一生残ると

思います。

私なりに必死だったこと、言葉にできない不安と苦しさは、もっと

苦しんでいる家族には言えませんでした。

なので、1年目にここで書き出すことで少し重い荷物を下ろしたいと

思いました。

記憶を記録・・・。



本記事は自分の為に書いたものなのでコメント欄は閉じさせていただきます。
ご来訪カウンタ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
おしらせ
犬猫の避妊去勢に対する
各市町村の助成金リストです
捨てるなら、殺すなら
生ませないでください
せっかく生まれてきたのだから
最期まで愛してください



猫と暮らしたいと思ったら、 ペットショップへ行く前に こちらをご覧ください。 良いご縁がありますように(^^)

山梨のエヌさんとfemiさん、
東京のKAZUさんが主に
掲載されている
里親募集サイトです。
里親募集(東京・山梨)
名古屋で保護活動されている ぶたまるさんの募集サイトです。
プロフィール

abi

Author:abi
びーと(だぁりん)とabi(あび)です

090509_0858~0001[1]


ナナ2か月


(ナナ)
きじとらの♀
2008年5月5日生まれ
(びーと決)
体は小さいがニャンコキック
が得意。
かぁちゃんの背中を踏み台
につかうおてんば娘。
おもちゃで遊ぶのが好きで
くわえてもってくるのが
得意技。
への字になった口元が萌え


テオ2か月


(テオ)
ハチワレ白黒の♂
2008年5月5日生まれ
(びーと決)
アンアンとかナンナンとか
面白い声でよく鳴く。
体が大きくて長く、黒い
プロレスタイツを履いている。
ただし、もものところに穴が
あいてて白い毛がはみだしてる。
少しドンくさいところが萌え


よろしかったらココをポチっと↓

にほんブログ村 猫ブログ 兄弟猫・姉妹猫へ

にほんブログ村 恋愛ブログ 夫婦恋愛へ

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 40代の生き方へ

人気ブログランキングへ

モバペ|ペット人気ブログランキング

最新記事
最新コメント
お気に入りリンク
カテゴリ
RSSリンクの表示



1日1回のお楽しみ




テオナナささみ大好き
安売りの時に買います
テオナナの主食です

100枚入りでお得!
我が家のネコ砂(おしっこ用)
我が家のネコ砂(うんち用)
脱臭効果ばっちぐ~!
ポイント10倍で楽々お得 快適ねこ生活

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
月別アーカイブ
最新トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。